子育てから、まずは自然にそうする環境を作るということの大切さに気付く

現在しているFP2級の勉強は基本夜のみで、子供就寝後となります。

夜に勉強をしている理由は、幼児の子供は構って!一緒に遊んで!というの欲求がまだまだ強く、とても家事育児の合間に勉強している余裕が私にないこと、そして、まとまった静かな時間の方が勉強がはかどることです。

他に緩く英語の勉強をしています。勉強というのもおこがましいレベルなのですが、スマホに英語アプリを数個入れて、隙間時間にニュースを流し読みしたり、単語を暗記したり、試験という期限がないのため、軽い気持ちで学習を楽しんでいます。

子供は親がしていることをしてみたい

英単語アプリにmikanというアプリがあります。

英単語の日本語訳を当てて、段階的に単語の暗記量を増やしていく、というすごく単純なアプリなのですが、実際に単語の発音を発音してくれます。

それを子供が一人で遊びに熱中している時ににこっそりしていると、子供が発音に気づいて寄ってきて「何しているの?」「やってみたい!」というのです。

漢字はまだ読めないので、日本語訳の正誤すらわからないのですが、正解でピンポーンと音がなること、ある程度のテストをクリアするとキャラクターmikanが「やったね!天才だね!」など短い評価をくれます。

愛らしいキャラクターとバリエーション豊かなテスト後の評価が気に入って「これなんて読むの?」「この方法で良いの?」とどんどんやりたがります。

ほとんど読めないし意味もわからないのに、本当にキラキラした目で続きをしたがります。

本人には全く勉強という意識もなく、親と一緒にゲームを楽しんでいる感覚です。

でも、この楽しんでできるということが一番の上達の秘訣ですね。

親がしていることを真似て、いつのまには私より単語を沢山覚えています。

幼児ですので、親と一緒にできるということがまた嬉しいようです。

私もこっそりじゃなくて堂々と勉強できるのは助かるので、日に数回mikanアプリを短時間ですが一緒に楽しんでいます。

成長するにつれ、きっと一緒に同じことを学べる機会は減っていくと思うので、これが将来の英語力になるかもしれないという親の欲目は抜きにして、今は子供と一緒に学べる機会を大切にしたいと思います。 

手にして欲しいもの、気にすべきものは、常に目に見えるところに置いておく

私はテキスト電卓などの勉強道具は常に視界に入り、手に取りやすい場所にだして置いておくようにしています。

それは、常に見えている、手の届くところにあるということの重要性を、子供を育てていて改めて感じたからです。

例えば絵本を読んで欲しいと思っても、絵本をリビングに常に出しっぱなしにするとリビングが色彩に溢れ雑然とした環境になります。

そこで、全ての絵本をリビングにある造り付けのドア付き収納棚に片付けました。

そして、読みたいときはそこから出すように子供に伝えたのですが、ドア付きの収納棚に入れた途端に子供の読書量は激減。

これは良くないと思い、ソファ横にドアなしの本棚(子供の手がとどく高さ)を購入し、そこに全ての絵本や図鑑を収納したら、子供はそこからさっと絵本をとって、いつもソファや椅子に座って絵本を読むようになりました。

たった、ドア一枚の違いですが、それは子供にとっては大人が想像する以上に、手間な作業であり、意欲を遮断するものだということがわかりました。

また、お絵描きのペンや折り紙、テープ類の文具もvitraの収納キャリーボックスにまとめて、片手で一気にどこへでも持ち歩けるようにしています。

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カラーバリエーションも豊富で、家ではレッドを購入しました。
子供もお気に入りの色だと遊びのテンションが上がるようです。

この変化で、細かく仕切られた引き出しにそれぞれ収納している時と比べて、子供が工作や折り紙をする回数が格段に増えました。

使い勝手が良くて便利なものを大人が重宝するように、子供も小さな変化や便利さで無意識に行動を選んでいるんですね。

ただ、常に視界に入り、手に届く場所にある環境は、たまに無言のプレッシャーになる時もあります。

リラックスタイムでも勉強の本が視界に入ると、「あ、そういえばまだあの理論覚えてない」など思い出して、焦ったり、落ち着かなくなる時があります。

でも、それはそれで良い、と思えるようになりました。

勉強のことはやはり忘れてはいけない。片付けて一時的に視界から消して忘れられても、また勉強道具をだす時にパワーが必要です。

個人的には「さあ、するぞ!」と気合を入れて勉強を開始するよりも、勉強しようと思った時にさっとテキストをひろげられる方が、日常生活の一部として勉強が溶け込み、気負いなく取り掛かりやすいです。

孟母三遷(もうぼさんせん)は無理でも

今後、子供が大きくなって自分の世界を形成し、今ほど手がかからなくなってきたら、日中にも勉強することが可能かもしれません。

勉強とは強制されるものや、イヤイヤするものではなく、楽しんで自分のためにすることだということが親が勉強している姿から伝われば良いなと勝手に思っています。

孟母三遷は子育てにおける環境の大切さを解いた有名な四文字熟語です。

孟母ほどの毅然とした態度で環境を整えることには限界がありますが、日常生活で子供にも親にも良いと思える環境づくりをこれからも模索していきたいと思います。

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