子供の運動会で感じた競争や勝負で「引き分け」「勝敗がない」ことへの疑問。

秋の運動会の季節ですね。

子供の通っている園でも先日運動会がありました。

秋晴れの気持ち良い天気で、子供たちの元気に活躍する姿をみてきました。

自分の子供だけではなく、クラスの他のお友達の姿を見ても、それぞれの成長に感動しました。

何より、運動会や発表会、通常のクラス運営と先生方の影の努力には頭が下がる思いです。

運動会での出来事。強制引き分け。

運動会でクラスが赤と青の二手に分かれて細長いハリボテのようなものを引っ張り合って、自分たちの陣地まで引っ張ってきた方が勝ちという競技がありました。

2回戦まであります。

1回戦、赤チームが勝ち。

赤も青もチームの人数は同じですが、赤チームの方が全体の力が強かったのは明白でした。

圧倒的に赤が強かったので、2回戦も赤の勝ちを保護者も競技をしている子供たちも確信していたと思います。

でも、2回戦では先生方が青チームに参戦して、大人の力が加わり青チームが勝ち。

結果、一勝一敗の引き分けとなりました。

勝った子供たちは喜んでいました。

でも、なんでしょう。

うまく言えないのですが、複雑な気持ちになりました。

子供たちの嬉しいという気持ちに水を差すつもりは全くないのですが、本当にこれで良いのだろうかと。

勝負は勝負。

勝っても負けても、2戦して全て負けでもそれが事実なのだから、大人が参加して強制的に引き分けにする必要があったのかな、と。

少し悲しいような、なんとも言えない気持ちになった瞬間でした。

先生方としては勝敗より、子供に勝つこと、負けることの両方の感情を感じて欲しいというのが意図だったのかもしれません。

行き過ぎた平等は、クレーム社会の弊害かもしれない

少し前に『小学校の徒競走で皆で手を繋いで一斉にゴールする』とニュースがありました。

本当にそんなことがあるのだろうか?と当時は思っていましたが、違った形の強制平等を子供の運動会で見ることになるとは思いませんでした。

でも、これってきっと先生や園や学校を保護者や部外者が追い詰め過ぎた弊害なんでしょうね。

なんでもすぐにクレーム。

うちの子が辛い思いをした。悲しい思いをした。あの子だけ優遇されている。なんでこれをしてくれないの?なんで?なんで?

すぐにクレームになる時代です。

クレームが正当な時もあれば、無茶な理不尽なものもある。

でも、理不尽なクレームの方が力が強く、相手を捻じ曲げてしまうことがあります。

「無理が通れば道理引っ込む」

きっと、今はそういう時代になりつつあるのでしょう。

今回の運動会で青チームが大人の力を借りて勝ったのは子供心にわかっているはずです。

「要は勝てば良いんだ。勝つ為なら自分より強い力に頼ったり、ズルをしても良いんだ」

「困ってどうしようもなくなても、いつも大人や他の人が助けてくれるから」

という思考に子供たちがならないことを…願います。

実力で勝敗をはっきりさせることは、決して悪いことではないと思うのですが…。

早かれ遅かれ子供たちは、常に自分が競争に晒されていることを知るはずです。

そこで、自分の実力を知り、そこから努力したり、他の道を模索したり、そうやって自分の力で生きていく方法を探って欲しいと願わずにはいられません。

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